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デジタル菜食主義

デジタル菜食主義(digital veganism) という言葉を最初に目にしたのは、ギズモードの記事だった。

この実験について私が話をした人の多くは、デジタル菜食主義(digital veganism)に似ていると言いました。 デジタル菜食主義者たちは、ある種のテクノロジーを「倫理的でない」として利用を拒否するのです。 彼らは自分が使う製品や、利用し共有するデータを細かく見極めようとします。 情報とは力であり、ひと握りの会社がすべてを手に入れる傾向が今ますます強くなっていると彼らは考えているからです。

さよならGAFAM:5社一気にブロック→地獄です | ギズモード・ジャパン

この連載自体が非常に興味深い内容なのだけどそれは置いておくとして。 大袈裟に言えばある種の信念に基づいて、独自ドメインでプライベートのサービスを運用している身としては、この造語に興味をひかれるところがあった。

由来を調べていたら、この言葉を使い始めたCody Brown氏へのインタビュー記事が見つかった。 日本語訳も一応載せるけど、原文の意図通りに翻訳できていないかもしれない。

“I see it as sort of a recurring decorum when I talk to people about the internet,” he said. “And the decorum strikes me as similar to the kind of conversations I have when I talk to people who are vegan. In many ways veganism is about rejection of certain things. It’s saying I can’t do this, I can’t participate in this because it’s about giving someone power or communicating something you think is unethical. And all of those are totally valid arguments from people they can make in whatever way they want. But it became a kind of lifestyle when it’s dropped in the way of saying, ‘I’m not on Facebook. I don’t contribute to closed platforms like Facebook.'

(訳注: digital veganismを指して) 「インターネットについて人と語り合う中でよく耳にする、礼儀作法(decorum)の一つと見ています。」 と彼は語る。 「そしてそれは、ヴィーガンの人々との会話に似ているように私は感じます。 ヴィーガニズムとは多くの面において、特定の物事を忌避することです。 誰かに権力を与えることになるから、もしくは、非倫理的と見られる対象とコミュニケーションすることになるから、だから避ける必要がある。 彼らはそう言っているわけです。 自ら考え行動できる人々がそういった信条を持つことは、何も間違ってはいません。 しかし、 『Facebookはやらない。Facebookみたいな閉じたプラットフォームの上では活動しない』 といった安直な言葉に落とし込んだ途端、それは一種のライフスタイルのようなものに成り下がってしまうのです。」

“I’m not saying there is anything wrong with being a vegan or being a digital vegan. But it’s just funny that it’s sort of reinventing itself in this,” he said. No one has proved that open systems are philosophically better, he said.

「ヴィーガンやデジタル・ヴィーガンになることが間違っているとは言いません。 しかしそれが人生の大変革のように語られていることが、ただ奇妙に感じるのです。」 オープンなプラットフォームが哲学的により良いとはまだ誰も証明できていない、と彼は付け加えた。

What is Digital Veganism? Cody Brown Explains His Catchphrase | Observer(日本語文は拙訳)

主眼を置いているのが健康なのか倫理なのか環境なのか、動物製品にどこまで関わるのか、そういった様々な主義主張や信条がヴィーガニズムという一種のライフスタイルとして一括りにされている。 そう考えると、そんな懐疑的ニュアンスを含んだ上での digital veganism という言葉は言い得て妙だな、と思う。


「お前はデジタル・ヴィーガンなのか?」と聞かれると、結果的にはそうなのかもしれない。 しかし、総合的に考えて自分自身が納得できるか否かに価値判断の基準を置いているので、他のデジタル・ヴィーガンの人々とは意見を異にする部分も多々あるだろうし、一括りにされることに違和感はある。

ひとつ確実に言えることは、Googleとは出来る限り距離を置きたい。