できるだけがんばってオリジナルの作者さんのページにリンクしてあるつもり。
運用状況に応じて、気が向いたら更新していくかも。
Markdown教徒には必須。
一切手を入れていないし、今後入れるつもりもない。
デコレーション的な意味合いでHTMLソースをどうしてもいじりたい部分は、後述の自作プラグインで対応してる。
自作。
Font Awesomeでblockquote要素をデコレーションするためだけ。
パンくずリスト。
階層分けができるからにはこれは欲しい。
ちなみに、拡張子を徹底排除する方向で少し改造済み。
自作。
Google Code Prettifyでpre要素を色付けするためだけ。
microtemplate導入に伴って廃止。
自作。
Disqusのコメントフォームを表示するだけ。
cool URI教徒な方がお作りあそばされたプラグイン。
cool URI教徒には必須。
うちは見出しレベルを
- h1サイト名
- h2記事のタイトル
- h3~ 記事中の見出し
というルールにしているものの、Markdownパーサに手を入れないという原則に従うと記事中の見出しが困ったことになってしまう。
記事中の見出しを ### から始めるのもデータ的にダサい。
自作しようかと思ったら見事にマッチするプラグインがあったので、'html' => +2 で使わせてもらってる。
それにしても、作者さんのページのコメント、
個別記事ページのデータとしての最適化を考えた場合、
今時のWeblogツールの多くがどのページをとって見てもサイト名(Weblog名)
をh1要素としているのは安易な実装なのではないかと考えたりもするのです。
blosxom plugin: headinglevel - 徒書
うーん、一理ある…。
きちんとキャッシュコントロールしてくれるプラグイン。
体感速度的にもそうなんだけど、どちらかというと Last-modified 返さないのが気持ち悪いので。
最初はデフォでいいかなぁと思ったものの、どうしてもテンプレート内で条件分岐したい要件が出てきたので導入。
URLにマッチする記事が一つもなかった場合に、きちんと404を返してくれるプラグイン。
カテゴリのRSSは出したいので skip ルーティンをまるっと削除し、ErrorDocumentを読んでその内容を返すように改造して使わせてもらってる。
archives的なページを作る気がないので、これを使って古い記事への到達性を(なんとか)確保している。
ちなみにこれも、拡張子を徹底排除する方向で少し改造済み。
microtemplate導入に伴って廃止。
自作。早い話がtDiaryのsearch_control.rb。
検索エンジンのロボットに、余分なページのインデックスを作らないようにお願いしてみます。
titleが $blog_title 決め打ちというのも寂しいので。
$datadir にはデータしか置きたくないので。
WikiのFrontPage的な機能は絶対に欲しかったものの、未来の日付でエントリ作るとかダサすぎるから絶対に避けたくて。
地味だけどほんとありがたいです、これ。

例年のごとく世の中がクリスマスに浮かれる中、三十年間生きてこれたことへの感謝を噛み締めながら、部屋で独りジャックダニエルのロックで祝杯。テキーラも良いけど、これもなかなか乙なものですよ。
さて、酔いに任せてキーボードを叩いてみようかと思う次第。
BGMはfra-foa『宙の淵』。何を隠そう、ここのドメイン88171.netはこのアルバムの規格品番TFCC-88171に由来してるわけで。リリースは2001年、俺が高2の時だったんだけど、ようやく1stアルバムが出るってんで、今は亡き藤沢Taharaで速攻予約して鼻息荒くゲットしたのをよく覚えてる。小遣いはたぶん一般的に見て少ない方だったので、アルバム1枚3,000円ってかなりの痛手だったと思うんだけど、当時は本当に値段なんてどうでも良かった。
今年Amazonで2nd(そして、ラスト)アルバムの『13 leaves』が中古で出てるのを見つけて買ってみたんだけど、音楽的には(商業的にも?)ものすごく成長が見られるものの、でもやっぱり1stの衝撃には到底及ばなかったなぁ。よくエモコアだとかグランジだとかでジャンル分けされるけど、(そもそも音楽のジャンル分けなんて何の意味もないと思ってることはさておき)やっぱり三上ちさ子の描く哲学的な歌詞と全身で響かせる声と、それを支える荒削りでファットなサウンドは唯一無二だと、軽く10年以上経った今でも思う。
どうせいつか焼かれ
この体も灰になるなら
使って使って使って使って使って使って
使い切って捨てるさ
宙の淵 / fra-foa
よく言われる「中高の多感な時期に受けた感銘がその人の人生を決定付ける」というのは間違いなく真実だと思うよ。今でも聴いてて泣けてくる。たとえ高二病と言われようとも。
ohkawaの人生観の半分はfra-foaで出来ています。
さて、音楽話ついでにもう一つ。本当に申し訳ないことにCDの1枚も買ってないのに、気がついたら人生のキーワードみたいになってたフレーズがこれ。
中学の僕が今の僕を見たらば
尊敬はされるのか?
クロール / GAKU-MC
当時は本当にグダグダで、自分が一体どんな人間なのかもわからず、柄にもなくワルい分野に首を突っ込んでみたりして、親や先生や友人に無駄な(本当に無駄な)心配をかけたり、挙げ句泣かせたりもした。若気の至り、という言葉で済ませるのは簡単だけど、その為だけにある言葉なんだろうな。中学の「僕」が今の「僕」を見たらば、きっと尊敬されるだろう。でもその前に全力で、助走をつけて、そいつを殴り飛ばしたい。たぶん、それで全部伝わる。
この三十年、陳腐な言葉だけど、本当にいろいろあった。新たな出会いがあり、忘れられない別れがあり、人生の転機があり、成功もあり失敗もあり。ほんのこの1年に限って見ても、転職し、7年ぶりに地元に戻り、妹が結婚し甥が生まれ、また新たな出会いもあり。
転職について言うと、前職でがっつり学ばせてもらった段取りとか交渉とか、そのへんの政治的スキルを全力で総動員して退職交渉を進めたことについては、正直ちょっと後ろめたくも思ってる。俺のワガママでいろんな人に迷惑もかけたろう、間違いなく。でもこれは俺の人生で、極論すれば、俺の生きたいように生きなければ意味がないんだ。俺自身がその意味を感じられることが一番重要なんだ。だから、許してね。お陰で今はシステムエンジニアとしてやりたかった仕事が出来てるよ。
結果的に地元に戻ったことで、友人とふらっと呑みに行けるようにもなったし!
男三十、まだまだこれからよ!という気持ちはありつつ、ギャーギャー言いながらも(?)ちゃんとに子供を育ててる妹夫婦を見ると、よくわからない生物学的な焦りは正直あったりする。妹のお陰で親(主に母親)からの「死ぬ前に早く孫の顔見せろや」圧力もパタッとなくなったんだけど、逆にそれが焦りを煽ってたりもする。でもまぁ、今の独身貴族的な生活も悪くない、というか存分に謳歌してるので、良い出会いがあればねぇ、という完全に丸投げな感じ。で、きっとそのまま何もなく年食ってくんだろう。それもまた俺の人生。
三十年、生きてきたんだなぁ、とちょっとしみじみ。元来計画性とかさらっさらない人間なので、常に、たった数年先でさえ見通しは持ってないんだけど、そんな人間でもその場その場の選択の積み重ねで三十年、生きてこれるもんなんだね。そして、俺はあと何年、生きられるんだろうか。あと何年、生きたいだろうか。20年?30年?それとも、永遠に?10年後もこんな風に、しみじみ考えているんだろうか。それとも、結構あっさりこの世に別れを告げているんだろうか。本当に守るべきものができたら、たとえば子供でもできたら、それを機にガラッと考えが変わるもんなんだろうか。俺が生きている限りこのドメインは維持するので、コメントよろしく、10年後の俺。
書きながらちびちび呑んでたつもりだけど、気付いたら軽く千鳥る程度に回ってきたし、もうなかなか良い時間だし、この3連休の怠惰な生活が祟ってか猛烈に眠くなってきたので、このへんでー。
最後に、メールやらSNSやらでメッセージくれた皆、愛してるぜ!皆のお陰で、幸せな人生が送れてます。